【後編】尾道にある古本屋「弐拾db」の藤井店主と語る本屋の未来。持続可能な本屋とは?

尾道 本屋

本屋の未来やその裏側について、直接本屋を伺って体験したことや聞いたことをお伝えしています。

今回は、広島県尾道市にある古本屋「弐拾db」を再訪し、弐拾dBの店主:藤井基二さんと私、三田、そして二人をつないだONOMICHI SHARE 事業責任者/コンシェルジュの後藤 峻さんとの対談内容をお届けします。三者三様に語った本と本屋の未来を、当時の空気感のまま、前後編にわたって紹介させていただきます。

前編はこちら
https://actiba.net/dokusho/2020/04/18/20dbpart1/

▶ Youtube版はこちら(後編)

※本記事は、YouTubeで動画として公開しており、ラジオ的に聴いていただくことも可能です。

本屋で本を買う理由について

藤井:僕は基本、服は迷ったら買わない、本は迷ったら買う。服は迷ったら絶対着ないんですよ。買っても似合わないかもって思っちゃうから。本は迷っててどうかなと思って買っても、いつか読むものだし全然損しないものだから、迷ったら買うようにしています。なんだか宣伝っぽいな(笑)

三田:本は迷ったら、買えと!(笑)

藤井:自分がその時に欲しいと思った、その瞬間が本当だから。その時に例えば100円、200円の差だったら買うし、そこは僕はあまり買わないことを考えてないんですけど、どうなんですかね。

三田:人によると思いますね。僕も考え方は近くて、パラパラと見て1行でも自分に得るものがあったら値段を気にせず買ってしまう。(本の値段は)元々安くないですか?本を読む対価として、1,000円とか1,500円。ほかのものと比較すると、すごく安いものなのかな、と捉えています。

藤井:電気いりませんからね。非電化で、何時間でも何度でも楽しめますから。

本屋の未来について

三田:今、本屋は減っているというデータは出ているけれど、個人の独立書店が増えているという話もあったりして。

・本屋のこれからの未来はどのようになるのか?
・どんなことを考えているのか?

を聞いてみたいです。

藤井:『本屋特集』というものが、よく雑誌で組まれていますよね。独立個人店をされている方が本当に多いし、カフェと併設しているとか、あとは手を変え、品を変え。

例えば、東京の文喫さんには入場料があって、コワーキングスペースがあって、それで本も売っている。そういうお店も増えている。常連さんで中・四国の本屋を全部回ってるおじさんがいて、その人に聞いても「本屋をしたい」という人は増えてると言っている。

ただ自分が個人店の古本屋をしていて、結局、個人の本屋も一辺倒になっちゃってると言うか…。

マガジンハウス的な、BRUTUS的な取り上げられやすいような本屋になりがち。僕もある程度はあるんで、アンビバレントなことを言っていますけれど、「今までの本屋とは違うよね」っていう文脈で始まったものなのに、結局また似たような本屋がどんどんできている場合もある。

ただ、店主や街の場所・立地によっては全然変わってくるものだから、一緒くたにまとめることはできないと思うし…逆にどうですか?本屋の未来的なこと、どう思いますか?

三田:色々と考えていることはあって、今の小売全般・モノ売りは人に紐付いてる。それは、ソーシャルメディアの影響が大きい。

本屋でも「人が勧める本なら買う」という行為が増えてきていると思います。「本屋が人を帯びる」というか、人の顔が見える生き物みたいな本屋というのは、これからもっと伸びていく。

この表現が良いかわからないけど、そうなれば生活を十分できるような本屋にはなっていくだろうし、勧められた本に出会ったことで救われていく本屋、というのは今後も残っていくのではないでしょうか。

それと本という形で活字を読む人が減ってきてる事実は、これからもっと加速していくと思います。そこに対して、「やっぱり読むことは大事だよね」っていうのが、本屋なのか別のところなのか、そういう動きが出てくるんだったら、また流れは変わるかなと思います。

後藤:「本屋だから生き残れます」とか、「本屋って儲かります・儲かりません」というのは違うと思っている。生き残れる本屋をやっている人はやっているし、別に生き残るために本屋をやっているわけではないと思う。

三田:そう。「生き残る」という単語が先に出るのが、何か違いますよね。

後藤:「かっこいい本屋」をやっている訳でもないが、来てくれる人が「かっこいい」と思ってくれるかっこよさというのも、用意しないといけないかもしれない。しかし、そこには必ず意図が入る。その空間をデザイン(管理・支配)するので、そこに店主の意図が絶対に入るはず。

一概に「本屋だから淘汰される・淘汰されない」とか、そういう軸ではない気がする。「◯◯な本屋だからこそ続いていく」とか「淘汰されているんじゃないの?」というところが大事なのかもしれません。

藤井:お店が雑誌に取り上げられる時、「深夜の古本屋」と冠がつく。意図的なので、言われるのは良いんです。ただ、今「人で何かを買う」というところから、離れたい。

「藤井くんが売っているから買うんだよね」は間違いないこともあるだろうし、「そこの店だから買いたい」というのも勿論あると思う。でも、「人で何かを買う」というのは、もう嫌で、そこから離れたい。もう少し違う段階に行きたいんです。

三田:具体的にはどういうことですか?

藤井:「弐拾db」という名前の店を藤井がやっている。そこから離れて、僕じゃなくても良いようにしたいんです。僕がやっているお店なので、そこはアンビバレントなのですが。

お店をするのに物語性はいらない

それから、お店をするのに物語性は必要ない。普通で良い。そもそも何をやっても物語が生まれるのだから、最初から言ってしまうのは気持ちが悪いんです。

元々は、僕がその当時していたバイトの空き時間で開けるために、深夜を選びました。結果的に深夜になっただけで、冠をつけることが目的として先行ではない。逆なんですよ。本音としては、今は若干変わってきていますけれど。

それに、「売上よりも、やっぱり本との出会いが大事」とも言えなくて。やっぱり継続していくためには、売上が大事で、売上があるからこそ、物語がある。そこはちゃんとした方が良いと思います。

物語を作るために、売上を作らなきゃいけない。売上を上げるためには、自分がやりやすいように「このお店だったら、どのような方法なんだろう?」と考える。そこが最近ちょっと変になっている。だから、僕は最近あの雑誌の『本屋特集』が嫌いなんです。すごく嫌なんです。

三田:(取材は)受けるけれど、嫌だ?

藤井:そうですね。(取材は)受けるけれど、一辺倒だから嫌なんです。

後藤:では、今の弐拾dbが一段上がるとしたら、どういう状態でしょうか?

藤井:今、在庫が増えてきているので、もう一個別の場所でやろうと思っています。同じ尾道市内で安い物件が空いていたので、そこを書庫として使う。使いながら、別の形で(違うかどうか正直分からないが)本屋をやる。そのために、もう一人誰か違う人に入ってもらう方が良いのか、どうしようか迷っているところです。

後藤:新しい人のキャラクターは出てもいいし、出なくてもいい?

藤井:いや、自然と出ちゃうと思うんですよ、こればっかりは。

三田:出ちゃうし、物語を事前に作って出すのが好きじゃない?

藤井:いや、演出はあります。

三田:話が全然違うかもしれないですが、ジャニーズの堂本光一さんは「endless shock」というミュージカルを演出しています。演出だけでなく、座長兼主役として20年やっているので、当然彼という「人」を見たくてやってくるファンがいます。

しかし、あるTV番組内で彼は「自分がいなくなっても来てくれるものに仕上げなきゃいけない、そうでなければやっている意味がない」と話していました。

お店が一人歩きして、藤井さんがいなくても成り立つ、そういう要素はあるのかなと思って聞いていました。そういうことでもない?

藤井:間違いなく、僕の要素はある。出しているし、出てしまう。成り立つというよりも、お客さんに自然に来てほしいんです。

どんな人にでも来てもらいたい

弐拾db ニジュウデシベル

もともと昔はみんな本を読んでいた。今は本好きの人もいれば、本を別にそんなに好きでもない人が本屋に来る。来てもらえるような装置を考えている人も多いじゃないですか。

僕は、普段本を読まない人にも来てほしいし、本屋や本がすごい好きな人にも来てほしい。僕自身、昔ながらの古本屋もすごい好きだし、(新しい店と言われる)個人で開業された本屋も好きだから、どっちもしたい。合いがけご飯がしたい。

弐拾dbには、よく見ると品揃えが渋いところもあるし、一方で空間的には今っぽいところもある、と自覚しています。

三田:「最近のBRUTUSに載っているような本屋なんでしょ?」とお店に来たら?

藤井:実際に来たら、「意外と渋いね」となれば成功。逆に、「流行ってるんだよね、おしゃれだよね」と本屋に来た人が「あれ、すごい渋いなぁ」となっているのも良い。どっちもすくい取りたい。

でも、今の本屋は、新しい本屋を揶揄的に見ている渋い店と「これからの本屋は…」とやっている新しい店。どちらも大事で、両方をやればいいのに、どちらか片方だけになってしまっています。

そうではなくて、どちらもすくい取るためには、何をどうしようかと考える。本棚の作り方か空間の作り方か、もしかしたら「人」なのか、というように。だから、僕は意外とイケてるんですよ(笑)

三田:イケてる(笑)

藤井:ある程度は両方を狙えているかなと。

三田:どちらも大事で、なおかつ売上もちゃんと上げようということですね。

藤井:儲かっていないからダメ、儲かっているから良い、ではない。

後藤:それも合いがけご飯?

藤井:そうですね。全体を見て、売上があればいい。「今日は全然売上がなかったけれど、あの人(お客さん)が来てくれた」という思いでやっていて良かったと思う。

一方で、「今日は一日営業して、これだけ売上があって良かった!」という日もあります。反対のことを言っているようですが、人間にはどちらの感情もあるから、片方に寄るのは変。

「本との出会いがあって、売上は少ないけれど…」という本屋が素晴らしいのではないし、売上が沢山あるから良い本屋、というものでもない。

生き物だから、お客さんとお店の人・お店との空気感で、共に上手くやっていく感じがあると思います。

三田:「合いがけご飯」をキーワードに、一辺倒にならないこと・なっていかないこと。

後藤:合いがけご飯を目指しているという藤井さんの意図が存在することで、お店が成り立っているんだろうと感じます。

例えば、弐拾dbのお客さんには、観光で尾道に来た時間を楽しむ一つにする人もいるし、常連さんや尾道で暮らしている方もいる。両方がお客さんとして成り立っている空間は、偶然もあるかもしれないけれど、藤井さんが意図してやっていることで、より広い範囲をすくい取れている気がします。

京都の銭湯の話

藤井:そうかもしれないですね。別の業種ですが、京都にある銭湯「サウナの梅湯」は、20代の代表・湊さんが継いでいます。銭湯には、古本屋と一緒である種ノスタルジー(郷愁)な部分がありますよね。それを、元々の古い銭湯を綺麗に直し、ボトル類を備え付けにするなどして、店内をうまく作り込むことで、若いお客さんに来てもらっている。しかも、元々の常連さんも来ているんです。

三田:両立している!

藤井:そうです。店主さんは顔出しをしていて、露出もしている。雑誌の取材も全部受けている。その目的は、店に来てお客さんになってもらうこと。そこも好きで、リスペクトしています。

僕たち20代から30代の若い世代は、どちらかではなく、どちらもやれる方法を探していくのが未来としてはいいんですよ。なぜなら、どちらかだけだと、どちらかの売上しかないから。若い世代やこれからお店をしたいと思っている人は、どちらもやっていく方が面白いし、楽しいし、継続できていくと思います。

三田:若い子が来てくれるような新しい本屋が全体としては増えている。古書店には、若い人は入りたくない、怖いと感じている。本当は両立できるはずで、どちらもいけるはずなんですね。

藤井:それは、店主の力量。

三田:先ほどの「自分はイケてるんですよ」の意味は、両方イケている時があるということですね。

藤井:地元のおじいちゃんが深夜に来て、若い観光の人が来て、常連の知り合いが来ている。それが最近、同時に存在できる感じになって来たので、良かったなと感じる。だから、それをやった方が良いと本当に思う。変におしゃれじゃなくていいんですよ。

三田:弐拾dbの店内を見てもらえば、それは伝わると思います。今回の対談では、本屋の一つの未来を教えていただけた気がします。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は、前後編にわたって、古本屋「弐拾db」の裏話から、本や本屋の未来について、お二人と一緒に語り合いました。皆さんが本屋を訪れる楽しみが増えれば幸いです。また、尾道を訪れた際は、仕事をしたい方はONOMICHI SHAREに行って、観光の折にぜひ弐拾dbさんにも行ってみてください。

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尾道 本屋https://actiba.net/dokusho/2020/04/18/20dbpart1/

弐拾dB

住所 広島県尾道市久保2-3-3
営業時間 23:00~3:00(月火水金)/ 11:00~19:00(週末)
定休日 木曜日
(臨時に変更する場合がありますので、
下記お知らせをご覧下さい。)
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